定時が9時21時の限界サラリーマンが乳幼児を育てながら健康的に記録を伸ばすのはほとんど不可能です。
僕は通算17年も陸上競技をやっていますので、マラソンのみならず長距離種目の記録向上の必要条件が走行距離の確保であることを、自明の理として理解しています。
例えば𝕏でランナーが人権を得る最低限の月間走行距離は300kmと言われて久しいですが、1日あたりの10kmを5:00/kmで走ると50分。帰ってすぐシャワーを浴びても1時間ほどかかる計算になります。
通勤時間を1.5時間としても睡眠時間を7.5時間確保したらあと3時間しか残っていません。子どもたちと戯れる時間や、ご飯や保育園の準備、その他家事を考えたら余白の時間などなく、走る1時間を捻出するには睡眠時間を削るしか選択肢がないわけです。睡眠ガチ勢には不可能です。

子育て『限界サラリーマン』が記録を伸ばせないのはわかりました。しかしながら PBからのこの6年間、僕はずっと上記のような『限界サラリーマン』だったのでしょうか。答えは否、2年かどんなに多く見積もっても2年半でしょう。その他の期間は何をやっていたかはよく覚えていませんが、このまま記録にコミットせずに「今月も150kmしか走れなかった。いつか距離を伸ばして PBを更新したい。(字余り)」などとうつつを抜かしていると、あっという間に時はすぎ今度は年齢を理由にしだすことは火を見るより明らかです。タラレバジジイになるかヤリキッタジジイになるかは、こう思う今が分水嶺なのです。

繁忙期を過ぎたことで限界サラリーマンは今年の6月で一旦解除となりました。NOW OR NEVERということで、この機を逃さず PBを狙える位置まで持っていき、今後仕事が忙しくなっても「PBを狙える」というモチベーションで繁忙期を乗り越える作戦としました。
マラソンには月600kmが理想という認識ですが、月間150kmマンが急に4倍も走ったら確実に故障するので、まずは3ヶ月、月400kmを確実にこなすことを大目標に設定。月400kmは僕のTLでは全くインパクトがないのでSNS的な楽しみはありませんが、ここで水元練も始まり、同レベルのランナーたちに刺激をうけてモチベーションを保ちます。


9月ごろからペーランも少しずつつけるようになり、インターバルなんかも始めました。僕は3000m、5000mのタイムがマラソンまで直結するという過激な思想を持っているので、秋はトラック記録会にエントリー。16分前後の実力を自負しながら片道2時間の神奈川の果てでゴセン17分10秒を叩き出したときは、流石に駅前のマックでポテトとサムライマックを爆食いしましたが、練習ができるようになる時期とレースで結果が出る時期がずれるのは全人類が共通なので、リザルトをそっ閉じしました。

10月は高負荷の練習(いわゆるポイント練)をしっかりこなすことをテーマにし、その分走行距離を400kmを350kmに控除します。のちにかiスペシャルと名付けられる
⚪︎1000m(1500mRP)+6000mLT (R=5分)
を2:55-3:25/kmで余裕を持って完遂したり、
⚪︎15kmPR(ハーフRP)
を3:29/kmで押せたりと、練習の質も6年前の状態に近づいてきます。

⚪︎記録会ゴセン16:19
⚪︎駅伝8.2km27:20
なおも凡走が続くなか、11/9は6年前も出場した世田谷246ハーフマラソン。3連続でレースを外しているなか、絶好の比較レースを逃してしまうとやっぱり僕はダメだとなってしまいそうだなとクヨクヨ考えていると打ち出の小槌が届きます。


はるやまさんに何種類もお借りして試着させてもらって決めたMETASPEED EDGE TOKYO。ドイツ被れの僕がついにジャパンアズナンバーワンに手を伸ばしました。雨とか関係なしで翌日棚卸し決定。
6年前は72:59(3:28/km)だったので、年明け2月の高知龍馬マラソンで のPB更新が射程圏内と言えるためにはなんとか73分前後で走りたい。というか練習15kmを3:29/kmでやっておいてハーフを3:29/kmで押せなかったら練習番長か水元公園の距離が間違っているかの二択でしょう。コロコロを押入れからだしてこなくては。結果丼

72:05(net 71:59) 2nd PB
17:22-17:06-16:41-17:15-3:35
復活☺️
次回はルポです。